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東京地方裁判所 昭和61年(合わ)233号 判決

主文

被告人を懲役一〇年に処する。

未決勾留日数中一〇〇日を右刑に算入する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和三八年三月慶応大学経済学部を卒業して東京トヨペットにセールスマンとして入社したが、翌年強姦未遂事件を起して服役し、その後昭和四〇年に準強姦、準強姦未遂、昭和四七年に準強制わいせつ、準強姦等、昭和五五年に監禁等、昭和五九年に脅迫の事件を起して服役を繰り返し、昭和六〇年一二月に最終刑を終えて出所した後は学習塾を経営していたものであるが、東京都○○区○○所在の株式会社○○に勤務しているA子(昭和四一年一月二九日生)に対し、警察から依頼された医師であるなどと偽つたうえ、売春の検査や性病の検査、治療を装つてわいせつな行為をし、さらにできれば同女を姦淫しようと考え、

第一  昭和六一年八月五日午後七時ころ、前記株式会社○○に架電し、A子に対し、「私は警察に依頼された医師であるが、あなたに重大な疑いがかかつている。それはあなたにとつて大変不名誉なことで、会社や近所の人に知られたら、あなたは会社にいられなくなるし、今の家にも住めなくなる。話を聞きたいからすぐ会社を早退して来なさい。この話を誰かに少しでもしやべつたら証拠隠滅で警察に引つ張られる」などと申し向け、中央区銀座四丁目四番一〇号銀座近鉄ビル地下二階の喫茶店「りら」に呼び出し、さらに同店で待つ同女に架電して千代田区内幸町一丁目一番一号株式会社帝国ホテル本館一階喫茶室に呼び出したうえ、同日午後八時二〇分ころ同喫茶室に赴き、同所において、同女に対し、「右の者が医師であることを証明する。渋谷警察署」と記載された虚偽の身分証名書を示し、「君には二つの重大な疑いがかかつている。一つは売春の疑いで、君が前に付き合つていた男性が警察に捕まつて君に金を渡したと証言した。君は二四時間監視されていたわけではないから売春をしていないという証明はできない。警察に行くとこの事件が普通の事件と同じに扱われ、会社の人や近所の人に知られてしまう。もう一つは、君が性病にかかつているという疑いで、君が前に付き合つていた男性が性病にかかつていたので、君にも移つている可能性がある。白いゼリーのような下り物が出たことはないか」などと申し向け、同女をして、被告人が真に警察から依頼された医師であること、同女が以前交際していた男性の話から警察では同女に売春の容疑を抱いていること、及びその男性から同女に性病が移された可能性があることなどを強く印象づけてその旨誤信させ、驚愕と不安のあまり冷静な判断ができない状態に陥れ、さらに、同所において、「売春の容疑を晴らすには検査の必要がある。性器に指を入れて反応を見た後、僕と性行為をして性体験のないことが分れば容疑は晴れる。また、本当に性体験がないなら性病にかかつている可能性は少ないが、これも検査してみないと分らない。最初に性器に指を入れて反応を見るし、尿検査もしてみる。君には検査を拒否する権利はない。この件に関してはすべて警察から任されている。自分がこの子は違うといえば、警察で君の名前は抹消される。性病に関しては、自分は専門だから任せてもらえばいい。病院での検査は絶対だめだ。カルテから名前が分るし、保険証からも会社にばれてしまう。看護婦が興味本位に誰かにしやべるかもしれない」などと申し向け、その後、午後九時三〇分ころ、一旦同ホテルを出て食事に付き合わせて同日午後一〇時ころ再び同ホテルに同女を連れ戻し、同ホテル一階ロビー及び四階宴会場男子用便所前において、「今日できるところまで検査をしたい。性器に指を入れて反応を見る。こつちも仕事だから延び延びにはできない。警察にも報告しなければならない」などと執拗に申し向け、同女をして被告人のいうとおりに検査を受けるほかないと思わせて抗拒不能に陥れ、同日午後一〇時三〇分ころ、同ホテル四階宴会場男子用便所内において、検査を装い同女の下半身を裸にさせ、その陰部に手指を挿入するなどし、もつて強いて同女にわいせつの行為をし、

第二  前記第一のとおり誤信している同女を売春の検査及び性病の検査、治療を装つて姦淫しようと考え、前記第一のわいせつ行為に先立ち、前記ホテル四階宴会場男子便所前において、「性病の治療には薬もあるが副作用がある。淋病は膣の病気なので、薬を注射した男性と性行為をすれば、直接膣に薬が働いて効果が高いし副作用もない。自分はその治療方法をとるつもりだ」などと申し向け、次いで、前記第一のわいせつ行為の直後、同ホテル三階の空部屋において、「初めてにしては反応がおかしい。性病の反応も出ている。検査したのが自分でよかつた。もし警察が検査したら疑われていただろう。とにかく明日自分と性行為をしてみる。警察にはうまく自分が言つておく」などと申し向け、同ホテルを出て有楽町駅へ向う途中の喫茶店において、翌八月六日の午後に同女と会う約束を取りつけたうえ、同日午後一時三〇分ころ同女の自宅に架電し、「決心はついたか」と尋ね、言葉を濁す同女に対し「だめではないか、それでは売春の疑いは晴れない」と申し向け、同日午後四時ころ同女を新宿区西新宿一丁目一番五号新宿ルミネ六階喫茶店トップスアンドサクソンに呼び寄せ、同所において、同女に対し、「今日遅れたのは打合せをしていたんだ。昨日あれから警察の人と会つたんだが、実は帝国ホテルに警察の人が来ていたらしい。警察はまだ君を疑つているようだが、僕は違うと言つておいた。それでも警察が疑つているようなら、僕はこの役から降りるとまで言つたんだ。君が言つたとおり性体験がないのなら、性行為をしてみれば分る。それまでちよつと待つてくれと言つてあるんだ」などと申し向け、警察の容疑が現実的なものであり、同女が被告人の検査を拒否すれば警察による公の捜査を受けざるを得ない事態になると思わせ、同日午後五時ころ、同区西新宿三丁目二番九号新宿ワシントンホテル七六九号室に同女を引き入れ、同所において、「これが終わらなければ売春の疑いは晴れない。そうしたら君の家族なんかの生活も滅茶滅茶になる。お父さんの患者さんなどに知られたら○○医者の仕事ができなくなる」などと申し向け、同女をして警察による公の捜査を避けるには被告人に対し性体験のないことを証明し、その旨警察に報告してもらつて売春の容疑を晴らすほかなく、かつ、性病の治療のためにも被告人の治療を受けるほかないものと思わせて抗拒不能に陥れ、そのころから同日午後八時ころまでの間前後三回にわたり同女を姦淫し、もつて同女を強姦したものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(補足説明)

一被告人及び弁護人は、判示第一の事実のうち、帝国ホテル内四階男子便所内で被害者の性器に被告人の手指を挿入したことは事実であり、また、判示第二の事実のうち、新宿ワシントンホテル七六九号室において被害者を姦淫したことは事実であるが、これらはいずれも被害者が恋愛感情から同意をしてくれたためした行為であるから無罪であると主張するので、以下当裁判所が準強制わいせつ罪及び準強姦罪の成立を認めた理由について補足説明しておく。

二まず、被害者は、判示に沿う事実のほか、自分の性知識、わいせつ、姦淫行為を受け容れるに至つた心理状態、本件犯行後の事情等について、要旨次のとおり供述している。

1  自分は、本件当時二〇歳であり、短期大学在学中に数ケ月間一人のボーイフレンドと交際してキスをしたことはあるが、性体験はなく、性病等についてもおよそ自分とは関係のないことと思つて関心を持たず、その症状や治療法に関する知識はなかつた。

2  昭和六一年八月五日夜勤務先の会社で被告人から電話を受けた際、警察から依頼された医師と言われてそのまま信じ、人違いかもしれないと思いながらも呼び出しに応じた。そして、喫茶店「りら」で被告人から電話を受けた際も、被告人が警察から依頼された医師であると信じていたため、男性との交際状況や性体験の有無についての質問にも答えたが、自分の身長や学歴に関する被告人の発言に的はずれなところが多かつたため、人違いであると感じ、容疑の内容を聞いたうえでこれを晴らそうと考えて帝国ホテル喫茶室に行つた。

3  同喫茶室で被告人に会うとすぐに身分証明書を示されたので、ますます被告人の言う身分を信じ込み、他方かつて交際していた男性の言葉から自分に売春の容疑がかけられている旨聞かされて強い衝撃を受け、捜査が身近に及んで逮捕されるのではないかとの強い不安を覚え、頭が混乱し、そのうえ、売春をしていないことを証明する方策はないと言われて絶望的になつた。そのとき、医師だと信じている被告人から、性器へ手指と男性器を挿入する検査を受けて潔白を証明するほかないと言われたので、疑う気持の余裕がないまま、自分に性体験がないところから検査を受ければすぐに売春の容疑が晴れると考えてこれを受け容れる気持になつた。

4  さらに、同所において、右の男性から性病を感染させられたおそれがあると被告人に言われて強い衝撃を受けて頭の回らない状態になつたとき、性器へ手指を挿入して性病の検査をする必要があると告げられ、これまた疑う精神的余裕のないまま信じてしまつた。

5  また、被告人から、病院に行けば秘密が保たれないし、他人に話をすれば証拠隠滅で警察に引つぱられるし、検査を断われば一般の事件と同様に扱われて公の捜査を受け名誉や信用を失墜するなど言われ、逃げ道を閉ざされ、売春の容疑が晴れるかどうかは被告人の判断次第と思い、やむなく検査を受けることにして性器への手指挿入に応じた。

6  その検査の結果、医師と信ずる被告人から、「性体験がないにしては反応がおかしい、性病のおそれもある」と言われて一層不安を強める一方、性病の治療方法としては判示のような方法がよいと言われ、それ以外に方法がないなら、検査と併せてその治療を受けるのも仕方がないと考えた。

7  しかし、翌日なお逡巡していた折、家にかかつた電話で判示のとおり被告人に告げられ、このうえは性行為による検査を受けて売春の疑いを晴らすほかないと意を決し、待ち合わせの場所に行つた。そして、喫茶店トップスアンドサクソンにおいても判示のとおり言われたので、検査を拒めば売春の疑いは晴れないし、拒否して被告人の感情を害すると他に吹聴されるのではないかとも考えて新宿ワシントンホテルまで付いて行き、ホテル内でも売春の疑いが晴れなければ家族や父親の営業へも被害が及ぶと告げられて、結局被告人には逆らえないと観念し、検査及び治療行為としての性行為に応じた。

8  右の姦淫後新宿ワシントンホテルの部屋で被告人から性病検査のため尿を提出するように言われ、被告人が用意していた容器に尿を入れて渡した。

9  八月一七日被告人から呼び出され、上野のタカラホテルの部屋において、尿検査の結果性病の反応が陽性であつたと告げられ、今後さらに三回治療行為として性行為をする必要があると言われ、その日は生理中であつたため性行為を断つたものの、同月二〇日と二七日には前記ワシントンホテル、九月一〇日には駒場エミナースでそれぞれ性行為の治療を受けた。

10  九月一三日になり、被告人からの電話に応対する自分の態度に不審を抱いた母親に追及されて初めて事件を話し、母親に騙されていると言われたが、どの点が騙されているのか分らず、翌日両親が知り合いの警察幹部と相談して九九・九パーセント嘘であると言われたことから初めて被告人に騙されたことに気付いた。

以上の被害者の供述は、具体的かつ詳細であるばかりか、到底虚構とは思われない迫真力を備えており、反対尋問にも全く揺らいでいないから、それ自体信用性は極めて高いと言うことができる。また、被害者の証言は、母親の証言と完全に一致しており、信用性が強く裏付けられている。

三他方、被告人は、概ね次のとおり供述している。

1  本件は、被告人がSなる女性から頼まれて被害者に対し性体験を聞き出すなどのいたずら電話を掛けたことに始つたが、電話の途中でお互いに興味を持ち、帝国ホテルで会つた際、互に好感を抱いて恋愛感情が芽生え、同女の合意を得たうえ、判示第一のとおり性器へ手指を挿入し、判示第二のとおり性行為をしたものである。

2  被告人は、被害者に対し警察から依頼された医師であると述べたことはなく、いたずら電話の際に「国立衛生研究所」の者と述べたにとどまる。また、最初のいたずら電話の際、被害者に対し、性病にかかつているおそれがあると述べたが、遅くとも喫茶店「りら」に電話をした際にはそのおそれがないと打消している。

3  帝国ホテルの喫茶室で被害者に対し身分証明書を示したことはない。ただ、八月二七日ころ「下記の者は本医師会の医師であることを証明する。財団法人日本医師会」とワープロで打つた書面を被害者に見せたことはあるが、これは単なる遊びの感覚でしたことである。

4  八月五日と六日に被害者に売春の容疑がかかつていると言つたことはないが、後日「あなたと付き合つていた男があなたに金を渡したと言つている」旨被害者に告げたことはある。

5  男性の性器を挿入して性病を治療する話は、帝国ホテルの喫茶室でしたことがあるが、それは被害者から性病について質問を受けたため、からかう気持から話したものである。

6  被害者は、自分を衛生研究所の者とは信じていない様子であり、また電話もいたずら電話と気付いていた様子であつた。被害者の性器へ手指を挿入することや性行為をすることは、被告人が被害者を賛美しつつ同女に対する愛情を告白して口説き、同女に許してもらつてしたことである。

以上の被告人の供述は、性体験のない被害者が性体験の有無を聞き出すようないたずら電話をかけてくる者に対したちまち恋愛感情を覚え、名前も素姓も知らないまま二、三時間後には男便所の中で性器へ手指を挿入することを許し、さらに翌日には処女を与えたというものであつて、およそ荒唐無稽というほかはない。また、被告人は、被害者が自分に恋愛感情を抱いていた旨供述するものの、そのことを示す具体的な状況はほとんど何一つ供述していないなど、その供述には具体性が甚だ乏しい。さらに、被告人の供述は、不自然で矛盾する内容に満ちている。例えば、被告人は、被害者に医師と語つたことはないし、被害者は自分が国立衛生研究所の者でないことを察していたと供述する一方、後日被害者に医師であることを証明する証明書を見せたと供述し、被害者に性病のおそれはないと電話で告げて不安を解消したと供述する一方、全く根拠のない男性器挿入による性病治療の話を好感を持つた初対面の女性であるのにわざわざ話して聞かせたと供述し、八月五日と六日には売春の疑いがあるという話を被害者にしていないと供述する一方、後日被害者と交際していた男性が被害者に金を渡していたと言つていた旨被害者に教えたと供述するなど、矛盾する供述を繰り返しながら、それらの矛盾について、いずれも合理的な説明を付していない。こうした点を考えると、被告人の供述は、それ自体とうてい措信するに由ないものである。

四終わりに、判示の事実関係を前提として、被告人の行為が準強制わいせつ罪及び準強姦罪を構成することについて説明を付加しておく。

刑法一七八条にいう抗拒不能は、物理的、身体的な抗拒不能のみならず、心理的、精神的な抗拒不能を含み、たとえ物理的、身体的には抗拒不能といえない場合であつても、わいせつ、姦淫行為を抗拒することにより被り又は続くと予想される危難を避けるため、その行為を受け容れるほかはないとの心理的、精神的状態に被害者を追い込んだときには、心理的、精神的な抗拒不能に陥れた場合にあたるということができる。そして、そのような心理的、精神的状態に追い込んだか否かは、危難の内容、行為者及び被害者の特徴、行為の状況などの具体的事情を資料とし、当該被害者に即し、その際の心理や精神状態を基準として判断すべきであり、一般的平均人を想定し、その通常の心理や精神状態を基準として判断すべきものではない。刑法一七八条は、個々の被害者の性的自由をそれぞれに保護するための規定であるから、犯人が当該被害者にとつて抗拒不能といいうる状態を作出してわいせつ、姦淫行為に及び、もつてその性的自由を侵害したときは、当然その規定の適用があると解すべきである。

これを本件についてみると、被告人は、警察から依頼された医師であると名乗つたうえ、言葉巧みに売春と性病の検査を受ける必要があることを説き、その検査を拒否すれば警察に不利な報告をしたり、警察による公の捜査が行われたりして名誉や信用が失墜すると告げ、さらに、最悪の場合には逮捕されることもありうると暗示し、そのため被害者は、ひたすら被告人の言葉を信じ、これに従うほかないと観念して検査に応じたものであるから、被害者が被る危難の性質、程度、被告人の言動の巧妙さ、被害者の年齢、性知識、家庭環境などを考えあわせると、被害者が心理的、精神的な抗拒不能に陥つていたと認めるに十分である。また、被告人は、性行為による治療行為についても、手指を挿入する検査をした結果、性体験のない者としてはおかしい反応があつたとか、性病のおそれがあるとか告げて不安を募らせ、医師が男性器を挿入して性病を治療するのが一番効果的であると告げ、そのため被害者は、その言葉を信じてこれに応じるほかないという気持に追い込まれたものであるから、これまた被害者が抗拒不能に陥つていたことは明らかである。最後に、性体験のなかつた被害者が性器への手指挿入や性行為という検査、治療を受け容れ、そこに打算、好奇心その他の動機の介在を疑う余地がないという事実自体、被害者が心理的、精神的に抗拒不能に陥つていたことの何よりの証左であることを指摘しておくべきであろう。結局、被告人は、このような被害者の心理状態を利用して巧みに被害者を抗拒不能に陥れたうえ、わいせつ行為及び姦淫行為に及んだものであつて、その刑責は否定すべくもない。

(累犯前科)

被告人は、(一)昭和五六年一二月二四日京都地方裁判所で監禁、有印私文書偽造、偽造有印私文書行使、公正証書原本不実記載、不実記載公正証書原本行使罪によりにより懲役二年六月に処せられ、昭和五九年一月二八日右刑の執行を受け終わり、(二)その後犯した脅迫罪により昭和六〇年三月二七日東京地方裁判所で懲役九月に処せられ、同年一二月六日右刑の執行を受け終わつたもので、右は検察事務官作成の前科調書及び裁判官永山忠彦作成の判決書謄本によりこれを認める。

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為は、刑法一七八条、一七六条前段に、判示第二の所為は同法一七八条、一七七条前段に該当するが、被告人には前記前科があるので、いずれも同法五九条、五六条一項、五七条により(判示第二の罪については同法一四条の制限内で)三犯の加重をし、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により重い判示第二の罪の刑に同法一四条の制限内で法定の加重をした刑期の範囲で被告人を懲役一〇年に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中一〇〇日を右刑に算入し、訴訟費用については刑事訴訟法一八一条一項本文により全部これを被告人に負担させることとする。

(量刑理由)

被告人は、警察から依頼された医師であると称して清純で社会経験の乏しい被害者に近付き、売春と性病の疑いがあるなどと申し向け、検査や治療のため拒み得ない処置であると信じ込ませてわいせつ行為と強姦行為に及んだものであつて、その犯行は破廉恥極まりなく、犯情は悪質である。そのため被害者は、処女を奪われ、本件後も治療名目で数回にわたり貞操を弄ばれたものであつて、その肉体的精神的な苦痛は察するに余りがある。被害者及びその両親が、示談を拒否し、社会防衛のためにも被告人の厳罰を望んでいるのも当然である。

また、被告人は、臆面もなく不合理な自己弁護に終始しており、そこには罪悪感の片鱗すら窺われない。

加えて、被告人は、昭和三九年以降本件犯行と強い共通性のある四回の事件を含む五回の事件を起してその都度服役している。すなわち、(一)同年、警察官の取調べを装つて通りがかりの一五歳の女性を強姦しようとした事件を起し、昭和四〇年九月二七日東京高等裁判所で懲役二年に処せられ、(二)昭和四〇年、県の衛生係員による身体検査を装つて一四歳の女性に対し準強姦未遂及び準強姦の事件を起し、昭和四一年二月二六日東京地方裁判所で懲役二年六月に処せられ、(三)昭和四七年、一九歳の女性に対し、その勤務会社の人事課から依頼された医師と称し、性病の検査と治療を装つてわいせつ行為や準強姦行為等を行なう事件を起し、昭和五〇年三月三一日東京地方裁判所で懲役五年に処せられ、(四)昭和五五年、同棲中の女性との別れ話から監禁等の事件を起し、昭和五六年一二月二四日京都地方裁判所で懲役二年六月に処せられ、(五)昭和五九年、二二歳の女性に対し、性関係を持とうと考え、その勤務先の本社の者と称し、警察から売春の容疑がかけられているなどと申し向ける脅迫事件を起し、昭和六〇年三月二七日東京地方裁判所で懲役九月に処せられている。しかも、同年一二月六日に最終刑の服役を終えた後僅か八か月で本件犯行を再び敢行したのであるから、被告人のこの種犯罪についての常習性は顕著であり、その犯罪性には誠に根深いものがあるといわざるを得ない。

こうした事情を考えあわせると、被告人に対しては厳しい刑をもつて臨むほかはない。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官香城敏麿 裁判官大谷剛彦 裁判官出田孝一)

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